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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9355号 判決

主文

一  原被告間の別紙金銭消費貸借契約目録記載の原告の債務が存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  原告は、被告との間で、原告の娘である〇〇優子(以下「優子」という)が株式会社アトニー外語学院が経営するアトニー英学院守口校(以下「アトニー学院」又は「守口校」という)で英会話授業を受講するに当たつて、受講料支払のために金銭消費貸借契約を締結し、右受講料相当額の金員を被告から借受けたが、守口校が平成五年四月二二日以降、営業不振により閉鎖されたため、優子は右以降守口校の授業を受けることができなくなり、右受講契約を解除したところ、被告はアトニー学院と経済的に完全に一体性を有し、利益共同性、事業共同体を構成するものであり、このような関係にある被告に対しては、右守口校が閉鎖された以降の受講料相当分の借入金について、原告は支払義務を負わないと主張している。

二  争いのない事実等

1  原告の娘である優子を英会話学習のため守口校に入学させることにした原告は、平成三年三月二四日、アトニー学院との間で、優子のために授業二〇〇レッスン分七〇万〇四〇〇円コースを受講する契約を締結した(争いがない)。

2  原告は、右同日、アトニー学院に対し、受講料の一部として申込金二万〇四〇〇円、登録管理費として一万円を支払つた。

3  原告は、アトニー学院(守口校)の勧めにより、残受講料六七万円の支払のため、右同日、被告と金銭消費貸借契約を締結した(以下「第一契約」という)(争いがない)。

4  原告は、平成三年四月二五日、アトニー学院との間で、前記受講契約を二〇〇レッスンから三〇〇レッスン分九二万七〇〇〇円コースへ延長する内容の変更をし、また、被告との間で、第一契約を合意解約し、改めて元金八五万五〇〇〇円、利率年二割、第一回支払額三万〇二〇五円、第二回以降毎月二万一七〇〇円、一月及び七月は月六万円、支払合計一一四万三九〇五円との内容の金銭消費貸借契約を締結した(以下「第二契約」という)。

なおこの際、原告はアトニー学院に対し、受講料の一部として三万〇六〇〇円を支払つた。

5  優子は、守口校で三〇〇レッスンのうち二一二レッスンを消化し、八八レッスンを残していた平成五年四月一三日、アトニー学院から、守口校は営業不振のため閉鎖することになつたとして、隣接校でレッスンを受講するよう指示された(争いがない)。

三  争点

守口校が閉鎖され、優子が英会話の授業を受けることができなくなつた以降の分についても、原告は被告に対し、右受講料支払のために借受けた債務の支払義務があるか。

(原告の主張)

1 被告とアトニー学院とは社員・役員を共通にするほか、経済的利益共同体を形成する実質は同一会社の関係にあり、第二契約は、アトニー学院に対する受講料支払のため締結されたものであるところ、原告は守口校の閉鎖に伴い、平成五年八月五日ごろ、アトニー学院に対し、前記受講契約を解除する旨意思表示をした。

したがつて、原告は、割賦販売法三〇条の四若しくはその精神により、被告からの第二契約に基づく残債務請求を拒絶することができる。また、アトニー学院と被告の右関係からすれば、少なくとも守口校が閉鎖され、優子が受講することができなくなつた以降も、被告が原告に対し右契約に基づく貸金の返還を請求することは権利濫用として許されない。

なお、右契約が右のような場合でも貸金の返還請求をすることを許すとの趣旨のものであるとすれば、それは民法九〇条に違反し、かつ信義則に反した無効な契約というべきであり、また、原告はアトニー学院(守口校)の担当者が説明してくれなかつたため、被告との間の貸金契約を、いわゆるクレジット会社との間の「立替払契約」であると誤信していたのであるが、これは要素の錯誤に当たり、右契約自体無効というべきものである。

2 原告は被告に対し、平成五年九月六日まで合計五九万八〇〇〇円を弁済し、アトニー学院及び被告に対し、受講料の一部として申込金及び登録管理費名下に六万一〇〇〇円(申込合計金五万一〇〇〇円及び登録管理費一万円)の合計六五万九〇〇〇円を支払つているから、優子が守口校で受講したレッスンに対し五万四一六四円の過払いとなつている。

(被告の主張)

原告の主張はすべて否認ないし争う。ちなみに、被告の代表取締役は、被告が設立されて以降、現在まで三回変更されており、被告はアトニー学院とは別個の会社である。

第三  判断

一  《証拠略》を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。

1  原告は、当時高校二年生であつた娘の優子の希望により、同女に英会話を習わせようと考え、平成三年三月二四日に守口校の担当者である浜口五月(以下「浜口」という)から、同校における英会話受講のシステムについて説明を受けた上で、浜口から勧められるままに、とりあえず二〇〇レッスンコースを受講させることにしたのであるが、受講料が七〇万円を超える高額であり、これを一括して支払う経済的余裕もないため、その一部として申込金等名下に三万〇四〇〇円を支払い、受講料の残額六七万円は浜口の勧めに従い、被告から融資を受けて支払うことになつた。

なお、守口校を含むアトニー学院の受講形態は、生徒があらかじめ受講チケットを購入し、受講する度にチケットを切るシステムとなつていた。

2  優子は、守口校に入学後、勤勉に英会話の学習を続けており、浜口からも、当初の契約である二〇〇レッスンコースではなく、より長期の学習コースに移つた方が技能習得上はもちろんのこと、経済的にも有利であると勧められたため、原告は、平成三年四月二五日、三〇〇レッスンコースに延長変更する手続を執り、また、右コースの受講料支払のために被告との間で第二契約を結んだ。

3  アトニー学院では、かねてから受講生からの希望もあり、受講料を支払いやすくするために金融関係会社と提携して学資ローンを組み、分割してこれを返済していく方法を取り入れていたところ、これが好評で、しかもこれを巡る紛争も全く起きなかつたため、独自にアトニー学院の受講生のみを対象とする金融ローン会社を設立することにし、昭和六二年九月、被告が設立された。なお、被告の運営資金はアトニー学院の代表取締役の知人から出されており、また、アトニー学院の代表取締役が被告の代表取締役を兼任していた時期もあり、さらに役員の中には双方の役員を兼任している人もあり、両者の間では相互に従業員の人事交流もなされていた。

4  優子が守口校に入学して二年ほど経ち、二一二レッスンの受講を終えた平成五年四月一三日ごろ、突然、アトニー学院から、校舎の老朽化を理由として守口校を同月二二日以降閉鎖すること及び守口校が再開されるまでの間、アトニー学院の京橋校、くずは校、淀屋橋校のいずれかで授業を受講することを求める旨の通知が来た。

しかし、当時、優子は既に就職していたこともあつて、守口校以外の右三校で受講することは時間的にも無理があり、しかも守口校の教師の中に親しみを感じている人もいたため、優子は、アトニー学院の希望に従わず、守口校が再開されるのを待つことにした。

ところが、優子は、同年六月ごろ、新聞紙上でアトニー学院に中途解約の制度が設けられたことを知り、また、守口校が再開される様子もないため、アトニー学院との残余の受講契約を解約しようと考え、その旨を同学院に申し出たのであるが、守口校については右解約申出に応じることはできないとこれを拒否された。

そこで、原告は、守口市の消費者センターで相談し、同センターの指示もあつたため、同年八月五日ごろ、アトニー学院に対し、守口校の閉鎖に伴い、受講契約を解除する旨の意思表示をした。原告の右解除申入れに対して、アトニー学院からは、同月一〇日ごろ、守口校の隣接校である京橋校に通学して受講を継続することを勧めるとともに、解約手数料等を清算し、結局、ローン残額として二四万八〇〇〇余円を支払わない限り、右解約はできない旨の通知が来た。

5  原告は、被告に対し、第二契約に基づく分割弁済金を平成五年九月分まで支払つており(被告に対する支払額の合計は五九万八〇〇〇円となる)、被告に対する債務残額は二三万三六〇〇円となつている(ただし、被告は、右残額は二五万五三〇〇円であると主張している)。

二  右認定事実によれば、本件では、守口校が平成五年四月二二日以降閉鎖されるに至り、同年八月五日ごろに原告からアトニー学院に対し、受講契約を解除する旨意思表示がされているのであるが、元来、原告とアトニー学院の間で結ばれた契約は守口校で受講することがその内容となつていたものである上、優子が守口校以外の施設で受講することは困難であつたというのであるから、右契約解除はアトニー学院側の一方的な債務不履行によるものとして有効というべきである。

ところで、原告とアトニー学院との間で結ばれた英会話の受講契約と原告と被告との間で結ばれた貸金契約(第二契約)は形式上は別契約であり、しかも右貸金契約については割賦販売法の適用がなく、したがつて、同法三〇条の四のいわゆる抗弁の切断規定も適用されないから、右受講契約の解除と貸金契約の存続とは全く関係がなく、原告は被告に対し、第二契約の残債務がある限り、これを返済すべき義務があるともいえないではない。

しかし、前記認定のとおり、被告とアトニー学院とは資金的にも人的構成の面でも密接不可分の関係があるばかりでなく、そもそも被告からの借受けはアトニー学院に対する受講料の支払のためになされるものであり、しかも被告の営業対象もアトニー学院の受講生に対する受講料相当額の貸付けをすることに限定されていて、これらの間には相互依存的な関係があり(ちなみに、被告に対する貸付け申込手続もアトニー学院の窓口においてなされていたことは前記認定のとおりである)、また、《証拠略》によれば、被告からの貸付金も申込者(アトニー学院の受講者)の依頼により、被告から直接アトニー学院に払い込まれる形式が採られていることが認められるのであつて、右貸金契約は実質的には立替払契約と同じ内容というべきものであり、被告とアトニー学院及びアトニー学院における英会話の受講と被告からの貸付金の間にこのような関係があるにもかかわらず、アトニー学院で受講ができなくなり、いわば貸金契約の目的を達することができなくなつた後においても、なお貸金債務のみは返済を続けるべきであるとするのは信義則上からも許されないことといわなければならない。

本件において、優子が守口校で受講したのは、前記認定のとおり二一二レッスンであり、また原告がアトニー学院及び被告に支払つた合計額は六五万九〇〇〇円であるが、《証拠略》によれば、三〇〇レッスンの単価は三〇〇〇円(ただし、消費税を含めると三〇九〇円となる)であることが認められるから、優子が守口校で受講した分の受講料は既に支払済みになつている。

以上によれば、被告は原告に対し、第二契約に基づく残債務の支払請求権はなく、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判長裁判官 福富昌昭 裁判官 川添利賢 裁判官 安達 玄)

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